福島に「赤」が多い理由とは?赤べこ、鶴ヶ城の赤瓦、相馬野馬追の神旗、真っ赤なトマト——福島の暮らしや文化には、あちこちに「赤」が登場します。福島に住んでいる方でも普段気に留めることがあまりないかもしれませんが、実はこれは偶然ではないのです。日本では古くから、赤は血や火を連想させる「生命の色」とされ、災いを遠ざける魔除けの力を持つと信じられてきました。その考えが福島という土地に何百年もかけて根づいていったのです。さらに福島の「赤」には、もう一つの顔があります。人々が意味を込めて生み出した「赤」だけでなく、この土地の自然が育てた「食の赤」もあるのです。この記事では、そんな福島の二つの「赤」を見ていきます。〈読了目安時間:10分〉▼目次福島の人が持つ、「赤」への祈りと誇り①守る赤——赤べこと鶴ヶ城■赤べこ:苦難の際に訪れた赤い牛福島県会津地方の郷土玩具「赤べこ」。あの首がゆらゆら揺れる赤い牛の人形には、実はとても長い歴史があります。赤べこにまつわる伝説の一つは、約1200年前の圓蔵寺(えんぞうじ)建立にさかのぼります。福島県柳津町でお堂を建てていたとき、重い材料を運ぶのに苦労していたところへ、どこからともなく牛の群れが現れて助けてくれたそうです。多くの牛が疲れ果てて倒れていく中、最後まで働き続けたのが赤い牛でした。この話から、会津では赤い牛が「健康と幸せを運んでくれるもの」として大切にされるようになります。さらにその後、1611年の大地震によって圓蔵寺が被害を受け、再建工事の際にも赤い牛が現れて助けてくれたという伝説が重なりました。こうした伝承の積み重ねの中で赤い牛の張り子人形が生まれ、江戸時代の疫病流行を経て、人々は「守ってほしい」という思いをさらに込めていったのです。赤べこに描かれた黒い斑点には「牛が身代わりに病気を引き受けてくれた」という意味があると言われており、今でも赤べこは子どもの誕生祝いや厄除けのお守りとして贈られます。ちなみに、毎年11月3日は「赤べこの日」だと知っていましたか?2024年に制定されたばかりの新しい記念日で、柳津町の圓蔵寺への表参道が113段であることや、13歳でお参りする「十三講参り」の風習があることなど、「1」と「3」という数字に縁があることが制定理由なのだそうです💡※参考:中川政七商店 赤べことは柳津町公式 赤べこ伝説福島民報・Yahoo!ニュース「11月3日を赤べこの日に制定」■鶴ヶ城:冬を生き抜くために生まれた赤赤べこと同じ「守る赤」でも、鶴ヶ城の赤瓦はまったく違う理由で生まれました。会津地方は雪の多い地域です。普通の黒い瓦は凍結によって割れてしまう性質があるため、鉄分を含む釉薬を施した瓦が作られるようになりました。この釉薬を塗った瓦を焼くと赤く発色します。飾りではなく、厳しい冬から城を守るための工夫こそが、あの独特の赤を生み出しました。近年の改修工事で幕末当時の赤瓦が再現されました。今では日本で唯一、赤瓦をまとった復元天守閣として知られています。「鶴ヶ城」という名前の由来には諸説ありますが、この城と深く関わった武将・蒲生氏郷(がもううじさと)の幼名「鶴千代」にちなむという説もあります。氏郷は後で紹介する会津漆器とも深い関わりがある人物で、会津の「赤」を語るうえで欠かせない存在です。また、この赤瓦を作っていたのが会津本郷の職人たちでした。凍っても割れない瓦を作る技術は、会津本郷焼の発展の一因とも言われています。城を守るために生まれた赤が、焼き物の産地を育てたのです。※参考:会津若松観光ナビ 鶴ヶ城の魅力を知る②飾る赤——会津漆器■朱塗りの器が彩る、ハレの日の食卓引用:KOGEI JAPAN「会津塗」赤べこや鶴ヶ城が「守る赤」なら、会津漆器の朱色は、お祝いの席を美しく彩り食卓に格式と温かさをもたらす「飾る赤」です。会津漆器の歴史は今から約430年前にさかのぼります。1590年、豊臣秀吉の命令で会津の領主となった蒲生氏郷が、漆工芸を産業として根づかせたのが始まりです。輪島塗や津軽塗よりも歴史が古く、国内有数の産地として知られています。会津漆器の特徴のひとつが、朱色(赤)の豊かな使い方です。その朱色が今も日常に残っているのが、会津の郷土料理「こづゆ」。ホタテの出汁に山の幸を合わせた汁物で、お正月やお祝いの席に欠かせない一品です。貝柱や白玉麩などの白い食材を朱塗りの小さな器に盛るその光景は、430年前からほとんど変わっていません。「ハレの日に赤い器を使う」という習慣の中に、赤が持つ「おめでたさ」や「特別な場を彩る力」への信頼が、ずっと受け継がれてきているのです。※参考:会津漆器協同組合 公式サイト③掲げる赤——相馬野馬追■相馬野馬追:千年以上受け継がれてきた、誇りの赤引用:南相馬市公式サイト福島県の相馬地方には、毎年5月末になると全国からたくさんの人が訪れます。「相馬野馬追(そうまのまおい)」を見るためです。約400騎の騎馬武者が甲冑をまとって集まるこの祭りは、千年以上の歴史を持ちます。平安時代に平将門が野馬を敵兵に見立てて訓練したことが始まりと言われ、国の重要無形民俗文化財にも指定されています。この祭りの最大の見どころが「神旗争奪戦」です。花火の中に仕込まれた御神旗がゆっくりと空から落ちてくる中、数百騎が一斉に駆け出す。その様子は、まさに戦国時代の合戦そのものです。御神旗は神社ごとに色が決まっていて、相馬太田神社の旗が「赤」です。神旗はそれぞれの神社の誇りを体現するものであり、武者たちは自分の氏神の旗を目指して馬を走らせます。さらに祭りの前日には、相馬家に代々伝わる「赤鎧(あかよろい)」を床の間に飾ってお神酒を供える儀式もあります。神旗も鎧も赤。武者の文化の中で、赤は「力の色」「誇りの色」として千年以上生き続けてきたのです。※参考:相馬野馬追 公式サイト南相馬市公式サイト④灯す赤——二本松提灯祭り■二本松提灯祭り:3,000の赤い明かりが夜空を染める中通りの二本松市には、また別の「赤」があります。毎年10月に行われる「二本松提灯祭り」です。日本有数の提灯祭りの一つとして知られるこの祭りは、約350年の歴史を持ちます。高さ11メートルを超える太鼓台7台に、それぞれ約300個の赤い提灯が飾られ、合計3,000もの明かりが夜の街を染めながら練り歩きます。一番の見どころは初日の宵祭り。二本松神社の神聖な火(御神火)を移して、7台の太鼓台が一斉に提灯へ火を灯す瞬間です。真っ暗だった夜空が赤く燃え上がるようなその光景に、毎年多くの人が圧倒されます。赤は古くから「神聖な力」や「魔除け」の色とされてきました。神の火を宿した赤い明かりが夜空を埋め尽くすこの祭りは、その信仰がいちばんストレートに表れている場面かもしれません。二本松提灯祭りの公式サイトではこんな言葉が紹介されています。「この藩、赤を好む」——戊辰戦争の際に敵方の兵士がそう呟いたという言い伝えです。二本松の人たちにとって赤は単なる色ではなく、地域の誇りそのものだったのかもしれません。※参考:ANA 二本松提灯祭り二本松の提灯祭り*赤が人を動かす理由——色彩心理学の話実は、人々が古くから赤に特別な力を感じてきたことは現代の色彩心理学の観点からも理にかなっています。赤には人の注意を強く引きつけ、気持ちを高揚させる働きがあるとされています。信号の「止まれ」や消火器に赤が使われているのも、赤が人間の本能に強く訴えかける色だからなんだとか。レストランの看板やセールの表示に赤が多いのも同じ理由で、食欲を刺激して購買意欲を高める効果があるとされています。つまり、科学が発達するずっと以前から人々は経験の中でその力を感じ取り、祈りや祭りや縁起物に赤を選んできたということ。福島の赤べこも、鶴ヶ城の赤瓦も、会津漆器も、相馬野馬追の赤旗も、二本松の赤い提灯も、みんな同じ感覚から生まれているのかもしれませんね。寒暖差が甘みをつくる。福島の「食の赤」人が意味を込めて生み出した赤とは別に、福島にはもう一つの赤があります。この土地の気候と自然が生み出した「食の赤」です。福島は多様な地形を有する県です。海に近い浜通り、盆地が広がる中通り、山々に囲まれた会津。それぞれの地域で昼と夜の寒暖差が大きく、この温度差が果物や野菜に甘みをぎゅっと凝縮させ、鮮やかな赤や橙の色を育てます。南郷トマト——山の寒暖差が育てた、濃い赤引用:ふくしまの旅「南郷トマト」南会津の南郷地区は標高350メートル以上の山間にあります。1962年に地元の農家14人が始めたトマト栽培が、今では福島を代表するブランドに育ちました。標高が高いぶん夏でも涼しく、昼と夜の温度差がはっきりしています。この環境がトマトをゆっくり熟成させ、皮まで身が引き締まった、甘くてしっかりしたトマトを生み出すのです。2018年には農林水産省のGI保護制度(産地や品質が国に認められたブランド食材の証)に登録されました。福島県のトマト出荷量は東北1位(農林水産省統計)で、南郷トマトはその顔とも言える存在です。※参考:農林水産省GI登録産品(南郷トマト)伊達のあんぽ柿——大正時代から続く、とろりとした橙引用:農林水産省伊達市・国見町・桑折町を中心に作られる「あんぽ柿」は、福島が誇る冬の名産品です。あんぽ柿の特徴はその食感と色。硫黄の煙でゆっくり乾燥させる大正時代からの技術によって、半生のとろりとした食感と透き通るような鮮やかなオレンジ色が生まれます。単に干しただけの柿とはまったく違う、独特の美しさです。2023年にGI保護制度に登録され、旬は11月から3月頃。冬の贈り物として全国に送られます。※参考:農林水産省GI登録産品(伊達のあんぽ柿)桃「あかつき」—— 一度諦めかけた、福島の桃引用:マルカメ果樹園「くだもの王国」とも呼ばれる福島で、桃といえば「あかつき」です。「あかつき」は戦後まもなく誕生した品種ですが、実が小さく商品化が難しいとして一度は生産が断念されました。しかし福島の農家や研究者たちが諦めず、この土地の風土に合った栽培方法を試行錯誤し続けた結果、今では福島を代表するブランド桃に育ちました。名前の「あかつき」は夜明けの赤空を意味する言葉で、福島の神事「信夫三山暁まいり」にちなんでいます。福島県の桃生産量は全国2位(農林水産省統計)。7月下旬から8月にかけて旬を迎え、この時期の地元の直売所はあかつきを求める人でにぎわいます。※参考:JAふくしま未来 福島の桃農林水産省「果樹生産出荷統計」まとめ今回見てきた福島の「赤」を振り返ると、大きく二つに分かれることがわかります。一つは「文化の赤」です。郷土玩具の赤べこ、鶴ヶ城の赤瓦、会津漆器の朱色、相馬野馬追の赤旗、二本松の赤い提灯。祈りや誇り、ハレの日への思いを込めながら、福島に暮らす人々の意思によって用いられてきた色です。もう一つは「食の赤」です。南郷トマト、あんぽ柿、桃「あかつき」。福島の気候と自然の力によって生まれた、甘くて鮮やかな実りの色です。「文化の赤」と「食の赤」。福島には二つの「赤」が存在しています。赤べこを見るとき、食卓にトマトや桃が並ぶとき。その赤の背景にある物語を少し思い出していただけたら、福島という土地を少し身近に感じていただけるかもしれません。